ガオンの誕生日を記念したSSです。
11月27日。
キム・ガオンはいつも通りの時間にヨハンの家の寝室で目が覚める。
(誕生日おめでとう…キム・ガオン)
ガオンは心の中で呟いた。
こんな風に、自分以外の人間が住んでいる家で誕生日を迎えたのはいつ以来だろう?
いつもなら起きてヨハンとエリヤの為に朝食を作る時間なのだが、今日はエリヤに、30分寝坊するよう前日から固く言い含められていた。
エリヤは前日、ガオンとヨハンが仕事している間に材料を調達してきたらしい。おそらく、誕生日なのでエリヤが朝食を用意してくれるのだろうとガオンは推測した。
(まさか牛乳をかけたシリアルじゃないよな?
包丁で手を切ってないかな。
乳母さんが大事にしてるフライパンを焦がしてないだろうか)
ベッドの中で時間を潰してみたものの、ガオンはエリヤの様子が気になって仕方ない。
約束の5分前、ついに我慢できなくなってキッチンにフライングでやって来てしまった。
「ちょっとヨハン?!そのソースは卵にかけるんだけど」
「だったら初めに言え!」
「食べ合わせってものがあるでしょ?ほんっと役立たずなんだから」
「何を…」
覗くまでもなく、廊下から既に騒がしい声が聞こえてくる。
(エリヤと…ヨハンまで?)
キッチンを覗くと、車椅子のエリヤとヨハンが、キッチンに向かって料理と格闘していた。
2人とも、お揃いの赤いエプロンを身につけている。
「おはよう…エリヤ、ヨハン」
ガオンが声をかけると、エリヤが慌てたように手を広げてキッチンを隠そうとする。
「ガオン?随分早かったのね」
「ごめん、気になってじっとしてられなかったんだ。…大丈夫?」
近寄ってみると調理台や流しには野菜クズや汚れた調理器具が散乱しており、何か焦げたような匂いが漂っていた。見ると、乳母が大事に手入れしているフライパンがすっかり焦げ付いていた。
「全然大丈夫」
「全然大丈夫じゃないぞ!」
エリヤとヨハンの声が綺麗に合唱したので、ガオンは笑ってしまう。
「朝ごはん作ってくれたんだ。これを運べばいいの?」
ガオンはいつものように言い争いを始めた2人の間に割って入ると、お皿を並べ始めた。
「頂きます」
エリヤとヨハンが用意してくれたのは、フレンチトーストとソースのかかったオムレツ、スープの朝食だった。
「ソースをかけたトーストは責任持ってヨハンが食べなさいよね」
ジロリとエリヤがヨハンを睨む。
「どうせ俺は味が分からないからこれで問題ない」
ヨハンは意地になって、ソースに浸ったフレンチトーストを口に運ぶ。
確かにフレンチトーストは表面が黒焦げになっており、オムレツはどちらかというとちりちりのスクランブルエッグだった。
スープは調味料を入れすぎたようで、朝から飲むにはしょっぱかったし具がまだ固かった。
でも。
「…誰かが作ってくれた朝食なんていつぶりだろう。本当に美味しいよ」
ガオンはエリヤとヨハンを交互に見て微笑んだ。
「本当?」
エリヤがホッとしたようにテーブルに身を乗り出す。
「うん、本当に」
エリヤとヨハンは、嬉しそうに視線を合わせた。そんな2人を見て、ガオンも幸せな気持ちでいっぱいになる。
誰かが作ってくれたご飯をみんなで食べる朝。この家に来て、ガオンが久しぶりにもらったかけがえのないプレゼントだった。
「それにしても、まさかヨハンまで手伝うとは思わなかったです」
ガオンは意外そうに隣のヨハンを見つめる。
「包丁やコンロを使うと言い出すから、保護者が見張る必要があったんだ。全く、怪我でもしたらどうするんだ?」
「どれだけ過保護なのよ。大体、ヘマしてるのはそっちじゃない。ヨハンが車椅子でコンロは危ないって言い出して」
「当たり前だ」
「だからヨハンがオムレツを焼いたの。油もしかないし、いきなり強火にするからこんなになっちゃって」
エリヤが再び、ヨハンをジロリと睨んだ。
「ヨハンの仕業だったんですね。フライパン…乳母さんに後で怒られそうですね」
ガオンは苦笑する。おそらく、2人とも生まれてから一度も料理した事がないのだろう。そんな2人が自分の為に一生懸命作ってくれた事が、ガオンはとても嬉しかった。
「ところで、2人ともエプロンなんて持ってたんですか?」
ガオンが2人のお揃いの赤いエプロンを見比べると、
「乳母が用意してくれたの。ガオンの分もあるわよ」
とエリヤが答えた。
2人のプレゼントの下準備を全て済ませてくれた乳母にも、後でお礼を言わなければいけないようだ。
その後エリヤは自分の部屋で、ガオンに手袋もプレゼントしてくれた。
「ありがとう、エリヤ」
ソウルの寒さはこれから厳しくなるので、早速役に立ちそうでガオンは喜んだ。
「悪いんだけど、私は課題があってガオンにこれ以上構えないの。だから、ガオンはヨハンの所に行ってくれる?」
エリヤはきっぱりと言うと、ガオンを部屋から追い出す。
首を傾げながらヨハンのいる書斎に向かうと、今度はヨハンが
「ついて来い」
とガオンを促す。
ヨハンについて屋敷のガレージに向かうと、乱雑に停められたヨハンの黒いスポーツカーの合間に、白い新車がポツンと一台紛れているのがすぐ分かった。車にはピンクの大きなリボンがかけられている。
「これって…」
「乗ってみろ」
ヨハンがガオンに鍵を投げる。
「外出するのにいちいち車を借りられちゃ不便だからな。今度から自分の車を使え」
「え…これ僕の車ですか?」
「他の誰のなんだ。俺は黒い車しか乗らない主義だ」
ガオンはポカンと空いた口が塞がらなかった。数億ウォンはしそうな高級車。誕生日だからと言ってそれをポンとプレゼントしてくれるなんて、この男はどれだけ金が有り余っているのだろうか。
「あの…ありがとうございます。乗ってみたかったから嬉しいです」
ガオンは戸惑いながらも、憧れの新車に乗れるワクワクを隠せなかった。
「ただし条件がある。まず、安全運転しろよ。必ずだ」
「はい、どこかの誰かみたいに高速でカーレースしたりはしません」
ガオンが澄まして答えると、ヨハンは
「一言多いな」
とジロっとガオンを睨んだ。
「それから、助手席には俺以外の男を乗せてはいけない」
「後部座席はいいんですか?」
「後部座席もダメだ。とにかく密室で男と2人きりになるのは絶対にダメだ」
ガオンは吹き出す。
「分かりました。むしろヨハンが一番危険な男だと思いますけど…あ、エリヤは乗せてもいいんですか?」
「エリヤは特別に許可する。ただし乗せる時は絶対絶対に安全運転だ!」
「分かりました」
平然と危険運転をしていたヨハンが、自分を棚に上げて安全運転、安全運転と繰り返すのが、ガオンはおかしくてたまらなかった。
「早速運転してみてもいいですか?もちろん、助手席はヨハンで」
ガオンは顔を綻ばせながら真新しい運転席に座った。
助手席に座ったヨハンは、そんなガオンを顔を間近で眺め満足そうにしている。
「それじゃ、出発しますね。」
窓の外は気持ち良く晴れている。
ガオンはアクセルを踏むと、ヨハンを乗せてしばしのドライブへと向かったのだった。
<完>
【ちょっとした解説】
ガオンの誕生日は1話でヨハンが見ていた履歴書に書いてあります。
ガオン以外のキャラクターの誕生日は分かりません。
ヨハンの誕生日が知りたい…。
車を持っておらず、ヨハンの車を借りていたはずのガオンが15話で突然乗っていた白い車。これはヨハンが買ってあげたものなのでしょうか?
気になる~。
車をポンとプレゼントする太っ腹御曹司のヨハンです。